他では聴けない話がいっぱいでした!


2001年7月8日、愛知県立名古屋盲学校創立100周年記念として同窓会主催で行われた講演会に参加しました。

ツボイノリオさんは、名古屋を中心にタレント活動をなさっていますが、オールナイト日本のパーソナリティーやプリンプリン物語の声優もなさっていたこともあるので、他地域にお住まいの方でも「懐かしいなあ」と思われる方がいらっしゃるかも!

今回の講演で、私が印象に残ったことについて、私見を挟みながら書いてみたいと思います。

ツボイさんは鍼灸師だった

ということは前から知っていましたが、タレント業でお忙しいのに、20年前の解剖学がまだ頭にくっきり残ってらっしゃるのにはびっくり!

ツボイさんは、ラジオ番組出演のために、東京と名古屋を少しの仮眠で行き来するハードスケジュールが続いていたそうです。心身ともに疲れてしまったとき、友人の鍼灸師に治療をしてもらってとても楽になったため、鍼灸学校へ通おうと決意されたそうです。

ツボイさんが通ってらっしゃった専門学校は私立で学費も高かったと思いますが、東京の大学から名物講師を呼んでいたため、その教授の者真似をしながら難しい解剖学などを覚えられたそうです。それで、今もしっかり頭に残っているとか。

最近は鍼灸マッサージを生業とする晴眼者が増えています。

公立の鍼灸短大や盲学校でも、名物講師の授業を受けられれば、もっと楽しく勉強でき、資質向上にもつながるのではと、久しぶりに訪れた盲学校の活気のなさから感じました。

銀さんは金さんよりわがままだった!

電話インタビューのとき、CMが入っても、金さんは「はいはい」と言って待って下さったそうですが、銀さんは「わしゃもう疲れた」とお切りになることがあったとか。

ツボイさんは、お年寄りがお年寄りを介護することの大変さを扱った「縁側」という番組で、銀さんの密着取材を通してお感じになったことを次のように話して下さいました。

在宅で介護に携わる家族の病気や息抜きの旅行などのために、老人ホームや病院でお年寄りをお預りする「短期入所(ショートステイ)という制度があります。

銀さんをお迎えした施設としては、やはり有名人ということで失礼があってはいけないということもあったのでしょう、食事のとき早めに食堂にお連れするということがあったそうです。

しかし、食事ができるのは入所者全員が揃ってから。

銀さんは、空腹の中、最も長く食堂で待たされたわけです。

そんなときも、銀さんは、自分の思いを正直に表現できる方だったそうです。

介護保険制度では、施設では団体行動中心にケアプランが立てられていると思います。

「お歌を歌いましょうね」と言われても嫌だと思うお年寄りもいらっしゃるはず。

ツボイさんの講演を拝聴し、私もケアマネージャーとして、お年寄りに接するとき、何が失礼で何がお喜びいただけることなのか、もう一度考えなおす必要があると感じました。


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